気まぐれへっどらいん

  Hカップ以上の娘にありがちなこと 上級編

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グリコアーモンドキャラメル

667 名前:オレオレ!オレだよ、名無しだよ!![sage] 投稿日:2009/07/25(土) 08:33:44 0
俺の中で一番はグリコアーモンドキャラメルだな。

アーモンドキャラメルにはちょっとした思い出がある。

うち、昔すげえ貧乏で余計な物なんて何一つ買ってもらえなかった。
親父は早くに病気で死んじまって、母親が働きながら必死に頑張ってる姿を見てたから貧乏でも我慢しなきゃって子供心に思った。

それでも毎年の学校行事の遠足や修学旅行で、お弁当の中身を見られるのが嫌で隠れて食べたり、おやつ代だって貰えるわけないから、みんながおやつ交換している時も羨ましくて仕方なかった。

そんな子供心を母さんは知ってたんだな。
あれは小学四年の遠足だったっけ一度だけ弁当の包みにグリコアーモンドキャラメルが一箱入ってた事がある。すげえ嬉しくてもったいなくて結局その場で食べられなかった。

結局、手をつけずに持って帰ったキャラメルは、袋に半分こにして、母さんいつもありがとうって手紙を入れて渡したらボロボロ泣きながらニッコリ笑ってたっけ。あの顔は今でも忘れない。


あれから三十年近くになる。俺も子供が出来て、裕福ではないが、まぁそれなりに暮らしてる。
子供の遠足には毎回おやつとは別に弁当の包みにグリコアーモンドキャラメルを一箱入れる。
初めの頃は、なんでお弁当の包みにキャラメルが入っているのって子供に聞かれたもんだが。
天国のお婆ちゃんが入れてくれたんだよって教えてあげたら、不思議そうな顔してたっけ。

2009年08月08日 | 泣ける | コメント (39) このエントリーを含むはてなブックマーク

コーヒーとエクレア

169 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2009/08/01(土) 10:20:19 ID:bE6SA5HD
昔よく父と、母の勤務先まで一緒に仕事が終わるのを迎えに行った。
しかし、なかなか時間通りに仕事が終わる事はなく、
近くの洋菓子店の喫茶で時間を潰していた。

そこでは、コーヒーを頼むとエクレアが付いてくる。(他の飲み物には無し)
父は必ず私にエクレアをくれた。

父が亡くなって、だいぶたってから母にその事を言うと
「お父さんあそこのエクレア大好きで、結婚前から待ち合わせの時に
時間より早く来て、コーヒーのお代わり頼むふりして
三個もエクレア食べてた。」
そして母にはエクレアくれなかったらしい。

もう母もその職場を辞めてしまったけど、
たまにその店のエクレアや生ロールを買ってくる。

2009年08月07日 | 泣ける | コメント (15) このエントリーを含むはてなブックマーク

用意周到な旦那が大好き

111 名前:可愛い奥様[sage] 投稿日:2009/07/29(水) 21:39:44 ID:y17VNc0L0

用意周到な旦那が大好き
腹黒さと紙一重だけど スキッ(・∀・)

私こともあろうに自分の結婚式に遅刻してしまうような
もー本物のダメっダメなんだ

前日に休暇をとってなくて、深夜の緊急呼び出しから
家にもどって一眠りしてたら見事に寝過ごしorz
あわてて旦那に電話したら、
なんと私にだけ2時間早い現場入りの時刻を
伝えてくれてたようで、どうにかセーフだったwww

もう一生、この人の手のひらで思う存分
転がされようとおもったよ

旦那の急死で結婚生活は一年ちょっとなんだけど
いつのまにやら書き残してた遺言書に「大遅刻希望」と
書いてあったので、50年ばかし遅刻する予定wwww

先週がケコーン5thだったんだけど、仏壇のろうそくに火を灯して
炎がゆれるだけで幸せなくらい、ずっと旦那が大好き

2009年08月03日 | 泣ける | コメント (47) このエントリーを含むはてなブックマーク

帰る場所

902 :ほんわか名無しさん :2007/01/21(日) 01:13:15 O
かなりの長文で読みにくいと思うがすまん。

俺が消防の時、学校から帰ると二軒隣にあるばあちゃん(父方)とこに毎日のように遊びに行ってた。
連れと一緒にわらわら行くとばあちゃんはニコニコしながら「おやつあるから手ぇ洗ってきんさい。皆で仲良く食べるんよ」っておやつをふるまってくれ

たんだよね。
連れからは優しいばあちゃんだと羨ましがられてすげー嬉しくて誇らしかったのを覚えてる。
けど、例に漏れず反抗期に入った俺は高校にも行かず、毎日のように連れと深夜まで遊び歩くようになっていった。
当然ながら親父とは顔を合わせれば怒鳴りあいのケンカ、時には手が出ることもあったな。
その度にケンカの声を聞きつけたばあちゃんが家にきては泣きそうな顔で「○○ちゃん、ケンカはあかんよ」って言うんだよ。
俺は「うっさいわ!」なんて怒鳴り付けてた。
ばあちゃんがぼろぼろ涙を流しながら家を出ていこうとする俺の後ろで「○○を堪忍したって」と親父に言って頭を下げていた。


903 :902 :2007/01/21(日) 01:14:13 O
俺はそんなばあちゃんの背中を見ても疎ましいとしか思わなくて、徐々に連れの家を泊まり歩くようになってた。
家に寄りつくこともなくなった。
悪い先輩から教えてもらった悪さして毎日遊び歩く日々。
あの時の俺はホントにクズの極みだったね。
そんな生活を18になるまで続けてたけど、その頃から悪仲間だった連れ達が口々に就職するって言い出したんだ。
「もう好き勝手出来る年じゃねぇからな」なんて言ってさ。
その日泊まってた連れの家を出て、俺は公園で一人ボーッとしてた。
金も食うものも寝るとこもない。
かと言って今さら家に帰ることもできない。
途方にくれてた俺は、ふとばあちゃんのことを思い出したんだ。
ばあちゃんなら怒らないだろうって。
情けないことに飯とその日の宿、あわよくば小遣いを貰えることを期待して。
そっからチャリ飛ばしてあっという間にばあちゃん家の前。
玄関に手をかけると鍵がかかってたから裏口へまわった。
裏口の鍵はいつも開けっぱなしだったから。
ドアを開けて中を見回して、俺は初めて違和感があることに気が付いた。
整然と片付いた室内。
まるで、長い間留守にしている部屋のような。
2009年08月01日 | 泣ける | コメント (77) このエントリーを含むはてなブックマーク

ミートソース

413 名前:大人になった名無しさん[sage] 投稿日:2009/05/20(水) 09:36:54
うちの母が作るミートソースは、目茶苦茶旨かった。
家族全員大好物だったんだが、そのレシピを聞かないうちに急性白血病で亡くなった。

亡くなって数年経った時、父が「あのミートソース食いたいな」と急に言い出した。
私も弟も食べたかったので、あの味の再現をしてみようという事に。

ベースは某メーカーの缶詰ミートソースだというのは知ってた。
が、そこに何を足せば母の味になるのかがわからない。
私と弟で色々とブレンドし続け、三日くらい連続で夕飯ミートソーススパゲティ。
朝もミートソーススパゲティ。
そろそろ飽きが来る……って時に、弟が作ってみたミートソースが、偶然母のと同じ味になった。
最初は皆で「コレ!コレだよ!」と絶賛しながらがっついてたが、
次第に言葉が無くなり、食べ終わる頃には皆して泣いてた。
今でも母の月命日には、絶対にそのミートソースを食べる。

2009年07月22日 | 泣ける | コメント (23) このエントリーを含むはてなブックマーク
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